2020/04/03
志村けん
歌謡曲が好き
80年代歌謡曲
志村けんさんに感謝
みなさんがご存じの通り、去る3月29日にザ・ドリフターズのメンバーであり、長年コメディアンとして活躍されておられました志村けんさんがお亡くなりになりました。
志村けんさんとは面識もありませんし、何の関わりも無い私ではありますが、やはりショックであります。聞いた時よりも数日経った今の方がよほど悲しく、ふと思い出して、もうこの世界にいないんだというのを改めて感じて悲しくなるわけです。
1973年生まれの私にとって、幼少の頃から家にはテレビがあって、親がお笑い番組、歌番組が好きだった影響は多分に受けていて。全員集合やドリフ大爆笑はほぼ必ず視聴している家でありました。(それでも野球放送のある日は野球を見てることが多かったかな。今では考えられませんが当時は地上波で毎日のように巨人戦の中継があったのです)
なので、物心着いた頃からドリフターズのコントを食い入るように見ていました。土曜の8時。子供は9時に寝る約束なので、今日見ることのできる最後の番組。当時のTBS-北海道HBCの土曜といえば夕方から「料理天国」-ニュース-日本昔ばなし-クイズダービー-8時だヨ!全員集合-(Gメン75)って感じですかね。Gメンのオープニング見ながら就寝というのが子供の頃の記憶です。
今思うと、全員集合の前半20分近くの大がかりなセットを使ったコントは長く感じます。このなかで起承転結をつけてオチで笑わせるってのを毎週やっていたなんて、恐ろしく大変なことだと思うわけです。中盤の「合唱団」「早口言葉」「ヒゲダンス」。そして、終盤にももう1本コントをやるわけです。
東村山音頭も合唱団のコーナーからでしたね。
(東村山市のサイトからも聞くことができます)
https://www.city.higashimurayama.tokyo.jp/smph/shisei/shokai/higashimurayamaondo/ondo-ken.html
ドリフの早口ことば (feat. いかりや長介)
ザ・ドリフターズ, たかしまあきひこ&エレクトリック・シェーバーズ & いかりや長介
1981/6/1
早口言葉は学校で大流行でした。
子供心には長いコントはやはり途中で飽きが来てしまう。その飽きを感じさせないような細かなネタをやっているのが志村けんさんのイメージ。そして、早口言葉やカラスの歌の替え歌で笑わせる。ほぼ無言で笑わせるヒゲダンスなんかも含めて1時間飽きさせない工夫もありましたね。(今のテンポの速いネタ番組なんかを見慣れると、やはり少し間延びした感じはありますが)
「ヒゲ」のテーマ (オリジナル・バージョン) [with Kenneth Gamble & Leon A. Huff]
たかしまあきひこ&エレクトリック・シェーバーズ
1995/5/25
「ヒゲ」のテーマは本当に格好いい楽曲なのでヘッドホンで聴いて欲しい。ファンクなんです。
そして、ゲストの歌手の皆さんも後半コントには参加することもあって、桜田淳子さんの「私ってダメな女ね」なんてコント、今でもありありと情景が浮かんで思い出し笑いしてしまう。夫役の志村けんさんのスーツのポケットから怪しげな店のマッチが出てきて「私ってダメな夫ね」とオチがつくのまで思い出せる。
盆回り
ザ・ドリフターズ
2004/11/25
「盆周り」って今でもこの曲が流れたらああ、次は歌のコーナーって思い出せるもんなぁ。
とかく、小学生の頃にみんなが集まればドリフネタです。その中でも志村けんさんのキャラクターは誰もが真似できて瞬発力が高く確実に笑えるってのがありますね。学校の掃除の時間にバケツの水振り回して怒られた記憶のあるのは私だけではないでしょう。
そして、テレビをまるで見ない我が家の子供達。正月にyoutubeで見た過去の全員集合にドはまりしたそうで、笑いに世代は関係ないというか、世代を問わない笑いを提供していたんだなとも思います。あと、絶対子供が知らない言葉で笑わせてるのも面白いですよね。大人の怪しい世界があるんだというのを子供に教えていた面はあるかもしれません。「チョットだけよ」とかね。
一旦ドリフを卒業する時期が来ます。中学、高校になってもたまにドリフ大爆笑を見ても新録のコントは少なく、志村けんさんも他方面での活動をされています。バカ殿様や「だいじょうぶだぁ」でやっていたウンジャラゲなんかはたまに見ていました。そういえば当時松本典子さん好きでしたねぇ、いしのようこさんも可愛かったけど、ちゃんと踊れ!とか思ってました。
志村けんさんのウンジャラゲはCD化されているけど配信はないっぽい。
大人になって、最近もバカ殿様はやってたら見ちゃう、夜中にやっていたコント番組もやってたら見ちゃう。他に変えずに見ちゃうって事はやっぱり興味があって楽しくて魅力的なんだと思うんですね。今は「志村後ろ~」とは言わないけれど、でも、やっぱり魅力的。
スカパラさんとCMで共演した志村けんさんもステキでした。多芸なんだなと本当に思いました。
そして、新型コロナウイルスに罹患したという発表のわずか1週間ほど、本人が倦怠感を感じたとされる日からわずか2週間ほどで亡くなってしまうなんて。信じられないし信じたくないし。いつも必ずそこにいることがわかっている人がいなくなるってこんなに寂しいことなんだと悲しくなりました。いかりや長助さんが亡くなった時も悲しかったけど、やはり、小学生時代の感情移入の度合いが違うってのもあるんでしょう。我が事のように寂しく、悲しく。
願わくば各局には大量の出演アーカイブがあると思いますので、できる限り再放送や再発売などして頂けると嬉しいです。アマゾンプライムで全員集合が見れるようです。しかし、今や集まってのお別れの会もできません。オンラインという武器で立ち向かうしか無いのですね。
新型コロナウイルスの怖さは、感染して死亡すればお葬式も入棺もできず、火葬場すら家族が立ち会うこともできず。対面はお骨になってからとなるそうで。その寂しさ、そして故人との振り返る時間すら奪ってしまう恐ろしいものであると改めて認識させた面があります。
しかし、全ての活動をしないとしてしまえば、コロナ以上の惨状になる。今や世界的にそのような状況です。自分に何ができるのか?各自が考え行動するしか無い部分でもあるのですね。
最後に志村けんさん、あまり楽しい幼少の思い出の無い私が必ず笑顔になれる思い出をありがとうございました。
東村山音頭
ザ・ドリフターズ
1976/9/5