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はじめて「アイドル」と握手した日のこと


2016/05/23  アイドル刺傷事件 歌謡曲が好き


1980年代、アイドルが輝きを持って本当に「偶像」であったとき。
彼女たちは決して現実には存在していなくて、テレビの中だけにいるものと思っていた。

北海道の片田舎に住む私が、初めてアイドルを目の前にしたのはきっといつかの雪まつりイベントだったと思う。彼女はとても小さく、そして、とてもかわいらしく見えた。

でも、幼少の私は思ったのさ。そのアイドルは好きだったけど、やっぱり「アイドル」だった。触れることすら罪じゃないかと幼少の私が思ったくらい遠い存在だった。

でもね、子供心にそのアイドルにいつも会える状況ってどんなだろうとか、恋愛じゃないにせよ甘い「妄想」はできた(性的な話しじゃないぜ)それだけでも楽しかった。お小遣いせっせと葉書に費やしてベストテンに送ってたあの頃。



時は流れて、去年、私も好きになって、私の妻も好きになったアイドルがいる。今年になって彼女たちのライブに足を運んだ。そして、いくばくかの枚数のCDを購入し、彼女たちの前に立った。

やっぱり「アイドル」だった。とても等身大で、ファンと親しげに話し、そして私にも妻にもとても優しく声をかける彼女たちを、本当にすごいと思った。ああ、アイドルなんだって。益々応援したくなったし、そして、こういう機会がまたあったらいいなと思った。

さすがにもう大人だから「妄想」はしなかったけど、今は彼女たちのTwitterやオフィシャルなホームページもある。アイドルの人となりを見ることは意外とたやすい。SNSは性格が出るんだよね。なんとなく彼女たちを「わかったような気」にさせてしまうのがSNSの功罪な気がする。

SNSはなんとなく自分にだけ語りかけてきてるんじゃないかという妄想を生む。
たとえばちょっとした悩みなんかを彼女がツイートすれば私も何かリプライしたくなるが、踏みとどまる。「違う違う!私に言ってるんじゃない!」

でも、こりゃ勘違いする男がいても不思議じゃ無いなとも思う。自分だけに心のちょっとしたものを語りかけている気に、そしてリプライしていれば勝手に「会話した気に」させてしまう。本当は彼女からは何も返ってきてはいないのに、次のツイートが自分への反応と勘違いしてしまう。

そしてそれが膨らみすぎればきっと「事件」になるのかもしれない。その気になればスケジュールが簡単に調べられる今の世の中、これを防ぐ手段は限られる。

特にあまりに無防備な「握手会」は怖いだろうなとも思った。彼女たちを傷つけようとする人を押さえられるシステムじゃ無い。



それでも握手だったり、短い時間でも自分たちの思いを伝えられる機会というのは貴重なもの。そして売上を上げるツール。それはSNSも同じ。

難しいんだよね。この線引きが。アイドルとしての活動を「継続する」ためにはどうしても売上が必要で、そのためのツールの一つがSNSだったり握手だったりなわけで。

彼女たちも一人の人間、でもアイドル(偶像)。触れていいのは決まった場所と時間で「契約」があったものだけ。ファンあってのアイドルで、信頼関係で成り立つものが、ファンが裏切ったら終わることすらわからない。そんな犯人に憤りを感じます。



はじめてアイドルと握手した日、嬉しくって嬉しくって、今でもありありと思い出させてくれる。そのアイドルはすっかり「おばさん」になってしまって、たまにテレビで見かけるだけだけど、でも今でも彼女をどこかで応援している。ファンとアイドルの架け橋だった繋いだ手。


ねとらぼ 2016年05月22日
あるアイドルのツイートが「考えさせられる」と話題に 女性アイドルが刺された事件を受けて
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1605/22/news026.html


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